出来る

小学生

皆さんはいつでも行きたい方向に進路変更できる素晴らしい人たちなのです。そんなことはない自分には無理だという方もいらっしゃることでしょう。学歴、年齢、資格がない、職歴が多いから、このどれかに該当される方ならこう考えてみてください。

「学歴」

ないよりあったほうがいいとは思います。「マイナス思考」という記事で書いた環境で育った私には一番欲しいものです。しかし学歴が重宝するのは、初対面のときに、相手に印象付け、グループ作りの目印くらいではないでしょうか?人によっては「給料や出世に影響するだろう」確かに、しかし終身雇用で定期昇給が約束された時代でしょうか?じっさいはわかりませんが、能力主義と社会に変わりつつありませんか?

妹は、私と同じ高卒です。私立の専願で商業系に進みました。いくつか資格は取ったようですが、決して優秀ではありません。パソコンスキルは私のほうがあります。今は2つ目だったと思いますが、パートで働き始め、現在は正規職員になっています。妹との大きな違いは、健常者か否かを除けばフレンドリーさです。職場で「あなたが先輩やったかね?どちらが上司か傍から見たらわからん」と言われるぐらい相手の懐にはいるのがうまいようです。

「年齢」

私が子どものころは60歳定年でしたが、今は70歳にという議論まであったりして人生100年時代とまで言われています。健康問題と皆さんの意識の2つが解決できれば年齢を気にしなくていい時代だと思います。健康問題は意識して日々を今までどおり過ごしていただければと思います。2つ目の意識が難敵だと思います。自分中のものは、周りからの声に耐えることが出来ればいいのです。相手の決めつけや自分の意見は正しいと考えて押し通す方が一番の強敵です。実は、これで今も悩んでいます。その話はまたにしたいと思います。小学校の時に相手も純粋だったのでしょうが成功した体験を思い出と一緒に5年生で書きたいと思いますのでお読みください。

「資格がない」

仕事に直結する資格は難しいこともあると思います。しかし、興味のある事でしたら、スムーズにできると思います。

「収入が上がらないと意味がない」とおっしゃるかもしれません。私は皆さんの貴重な時間を使い取り組む行動が大事だと思います。私は文字を読むのが、苦手でさらに文字を書くのも遅く、テストは散々ですが、資格は持っています。

この詳しい話は別のブログでさせていただきます。10年以上前の資格ですが、サーティファイ主催のエクセル・アクセス検定1級と情報処理検定2級 プログラム言語 C java の3級を持っています。これらに共通するのは、問題部が少なく回答もマーク形式だったことです。ですので、皆さんはさらに能力が高いので大丈夫です。

「職歴が多い」

面接では不利に働くと思います、しかし私には羨ましいです。なぜだかお分かりですよね?そうです。選ばれた人材の証明だからです。仕事をするときには採用面接などがありますよね?そこでこの人に働いてもらうと選ばれないと働けないし職歴に書いてあるということは、最悪でも1回は出勤しないといけません。繰り返しになりますが、職歴が多いことは、選ばれた人間であるという証明だと思います。

ここまで、偉そうに書きましたが、自分に言いたい事でもありました。能力の高い皆様が前向きに取り組んでいただければ必ずいい社会が実現できると思います。私もポジティブシンキングになるように頑張りたいと思います。

小学校の話です

前のブログでもすこし書きましたが、小学校は普通小学校に進学しました。私が「みんなと同じ学校に行きたい。」といったので、それを行政に伝えたそうです。そうすると、行政は「知能や集団生活に適応できるか、けがをした時の責任や人員を割くことが難しいなど言われたようです。」少し想像もあります。

「知能や集団生活に適応できるか」

教育委員会の人が家に来た時に「名前は?あいうえお書けるかな? みんなと一緒にお勉強したい?」など優しく聞かれたような覚えがかすかにあります。名前や質問には答えれたようですが、文字がうまく書けず「手にも障がいがあるので動きにくいので、理解はしていますから」と説明したり、「姿勢正しくできるかな」と聞かれ、そのときできるだけ正しくすると「話の理解はできるようですね。姿勢が保てないみたいですね」みたいなことをいわれ、親が説明する。こんなことが何度かあった後、校長室に親と病院の相談員さんとで行って色々話していたようです。私が親といったときは「みんなと一緒にきたい?」と聞かれ「うん」と答え、受け入れの条件や設備についての話になったのだと思います。

階段やトイレに手すりを付けたり段差解消のためのスロープ設置していただきました。条件は、母が付き添いトイレとかは母が連れて行くというものだったのだろうと思います。

入学式

1年生が始まり、学校生活の中で友達が車いすとか珍しそうに見たり、触ったりする中で私が乗っている時に押そうとしてくれた友達に担任が「触ったらダメ」と言って叱るのです。「なぜ」と私も友人も不思議。ケガをさせないためのようです。その友達の親も「大丈夫でしたか?すみませんでした。」と言ってこられたようですが、うちの親は「大丈夫ですよ。逆にどんどん押してもらっていいですよ。息子も友達ができる方が嬉しいでしょうし、車いすは簡単には壊れませんし、息子もそう簡単にはけがしません。」みたいなことを伝えて、友達は大丈夫でしたかと「こちらこそすみません。」と伝えたようです。翌日、友達に親が「また押してね。ただ友達のほうがケガしないように気を付けてね」と伝えてそれから、少しずつ押してくれるようになりました。

2年生

担任が産休に入り後任の先生が、来て2学期が始まってすぐだったと思います。「なぜずっと付き添ってあるのですか?」親に聞いていました。親が事情を説明すると「なるほどでも移動教室とかトイレだけなら、お母さんでなくてもいいと思う。低学年だから友達同士はまだ難しいけど、教員が交代で見れば問題ないのでは?」みたいなことを言って「6日のうち先生方の都合のつく日2日間くらいから試してみましょう」ということになり、そこから1か月ぐらいは移行期間のように、交互に声をかけられるようになりました。ある日から母は、保健室で待機して先生が全てしてくれる日が増えました。2学期の終わりからは、完全に母は送り迎えのみの日も出てきました。主についていただいた先生は同和推進の仕事もされていた男性でした。その方は、なんと幼稚園のとき砂場で遊んでいた私に声をかけてきた男性でした。

母親が送り迎えだけの日は、先生にお願いするようになります。それの日は私にとって緊張して終わる少し嫌なしでした。そうです。家族以外の大人と話す事と親がいないのが初めてだったからです。その緊張する日々は先生方のおかげで長く続くことなく終わりました。友達も少しずつでき話ようになりました。2年生の終わりごろに親が先生たちと話していました。何を話していたのかわかりますか? 今はどうかわかりませんが、私たちの時は3年生と5年生になるときにクラス替えがありました。その事と人事異動についてでした。主についていただいた先生が移動しないこと、校長先生が変わらないことが前提ですが私が担任をして、今の体制を続けます。という話だったようです。

続きは次回のブログにさせてください。

最後までお読みいただきありがとうございます。感謝申し上げます。