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	<title>中学生 | ゼロからの挑戦</title>
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		<title>中学校生活</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshimasa]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 10 Feb 2020 23:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[生い立ち]]></category>
		<category><![CDATA[中学生]]></category>
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					<description><![CDATA[今回は部活以外のことを書きたいと思います、私の思い込みもあります。私の担任になってくれた先生は独特な考えを持っていました。なぜそう思ったのかを書きたいと思います。その先生、差別問題に関心が強い方でした。それだけ聞くと素晴 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">今回は部活以外のことを書きたいと思います、私の思い込みもあります。私の担任になってくれた先生は独特な考えを持っていました。なぜそう思ったのかを書きたいと思います。その先生、差別問題に関心が強い方でした。それだけ聞くと素晴らしい先生に思われるでしょう。前のブログで書いたように、熱血先生だったので夢中になりすぎてこんな感じです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ある種の差別について、授業をそっちのけにして道徳の授業に早変わりしてしまいます。自分の思い通りにならないと気に食わない節があるのです。それで大変な思いをしました、</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは修学旅行の話です。私たちの時は新幹線の予定が、フェリーで大阪まで行って、帰りは日程の関係で飛行機を使うという日程に変更されました。そのフェリーでの中で集合時間に遅れたり、騒ぎすぎの面は多少ありました。そんな状況を見てのことでしょうが、班の代表者が広場に集められ開口一番「大阪に着いた。もう帰る。お前たちは学校のなめを背負っているのだから、お前たちの行動が悪ければ、悪い学校とみられる。」など３０分以上もお説教が続いたそうです。それを聞いてどちら評判を傷つけているのだろうと今でも思い出します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">修学旅行で初めての経験をしました。ここから少し思い出を書きたいと思います。私たちの日程は、フェリーで１泊して京都で2泊して伊丹空港から帰る。３泊4日でした。印象に残っているのが２つあります。１つ目はグループで市内観光をしながらチエックポイントを通って時間内にゴールするゲーム形式のグループ行動。２つ目は、初めて乗る飛行機でした。フェリーで大阪について、奈良公園や大仏を見学した京都の宿に向かったような気がします。ホテルの人にみんなとは、違うルートで案内してくれたのです。そのときは「みんなと違う場所を通れてラッキー」としか思っていませんでした。厨房みたいなところを通って行ったのでその気持ちが強かったのです。夕食を終えて「明日のグループ行動について説明するからグループごとに集まって」と言われたので集まって説明が終わりました。ほかのグループと同じように戻ろうとした時です。私たちのグループだけ呼び止められてこう問いかけられたのです。「何で私だけが別ルートに案内されたのだと思う？」と、するとみんなが、「段差がってスロープがないから」と答えます。また担任が「それも一つある。でもなぜ一番にホテルの人は案内したのだろう？」とさらに続け、自分の考えを言われるのです。「恥ずかしいと思うものは、見えなくスマートに対応する場合がある」と、そのとき私は、やはり恥ずかしいものなのかと思って嫌な気持ちになってその日を追えました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">市内観光の日です。学校で何処を周りたいか、どの順番でいくなど話し合った通りに行こう！と出発しました。初めての場所で、不安と楽しさが同居していました。これはどのグループでもあったと思います。しかし、私のグループのみ特別な経験をしたはずです。なんだと思われますか？そうです。車いすで公共交通機関を利用する。そしてそれに付き添って行動するという経験です。今は私の家の近くにも見かけるようになりましたが、当時はそこが初めて見たものでした。車いすマークのついたバスでした。最初乗車するときは、運転手さんに「車いすの友達が乗るので少し待ってください。」とお願いしたら運転手が、「このマークがついたバスは後方にあるスピーカーに向かって話してくれたらいいよ。ちょっと待ってねスロープ出すから」と言って出してくれました。初めてそれで乗車しました。そのバスの乗客の皆様は、私から分かる範囲では優しく対応してくださいました。たしか「予約は」などきつく言われたような気もします。しかし修学旅行中はフェリーの中以外は楽しい思い出です。周った場所は、銀閣寺、巨水寺、銀閣寺などを周れました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　２つ目に印象に残っているのが、飛行機に乗ったことです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">初めて乗るということもありましたが、搭乗手続き後みんなより早く係の人が来て「先に別の場所から案内します。」と言われて、みんなより少し早く私と仲のいい友達（別のクラス）が動き出して、どこを通るのか興味津々でした。移動中係の人が、「修学旅行で飛行機使うのはすごい」としきりに言われていたことを思い出します。倉庫していると、関係者入り口のような所に着きました。そこで待ちました。するとその扉があき進んだ先に、制服姿の方が数人エレベーターを待ってありました。その方々より先に上がりました。そうです通ってきた場所は、職員通路でCAも使われていたようです。中学生の私にとってはCAさんに遭遇できたことはとても嬉しい出来事でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私が受けた授業などについて少し書きたいと思います。私達のころの流れか、私が行っていた学校だけかわかりませんが業者の作った問題や実力テストが全くありませんでした。定期テストは担当の先生が作る方法でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">私は相も変わらず、成績は悪かったですが、得意なところもありました。数学は計算問題。後は公民ぐらいでした。理科は急激に落ちました。おそらくですが、小学校のように目で見れるところが少なくなったからではないかと思います。文書から数値を読み取るのが超苦手でしたので、さらに拍車がかかったのです。威張れたものではありませんね。今は小学校から始まりますが、私たちのころは中学からでした。英語です。これは私からすれば、地球に存在するのかというくらいちんぷんかんぷんでした。当然テストの点数も散々でした。ほかのテストは点数良くはないのですが、びりではなかったと思います。印象に残っているのは、期末の体育と公民、２年の時英語です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">体育は、期末のみペーパーテストがありますよね。それが期末の得点源でした。公民になると急にトップクラスの点数を取れたのです。なぜだろうと考えると、この２つに共通するのは実際に経験したり、聞いて覚えられるということだと思います。体育の場合は、スポーツを理解するためにルールを覚えたら、審判させてもらえたりして楽しいと思えたからだと思います。　公民は、テレビでニュースを見たりしていたので、教科書などを見なくても先生が授業で言われることが理解できたので点が取れたのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今でも不思議なのが英語です。担当の先生が何かの事情でお休みされるため代わりの先生が来られて授業が始まるとなぜかはわかりませんが、得点が平均点は取れるようになりました。グループ学習形式で、勉強できる人、そうでない人、中間の人をバランスよく構成グループなのです。そのグループでできる友達が「どうしたの？急に点数良くなったね。カンニングした？」と大げさに驚く始末。３年になってまた先生が変？今度は急降下じゃん？」とまた驚いていました。その友達が「先生が違うだけでこんなに違うのか」と力説していました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今思えばやはり、その人に会った勉強法と、周りの人の協力があって初めて成長するのではないかと思います。次のブログで私の経験したことを書いていきたいと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ここまでお読みくださった皆様本当にありがとうございました。</p>
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		<title>中学校</title>
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		<dc:creator><![CDATA[yoshimasa]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Feb 2020 23:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[中学校]]></category>
		<category><![CDATA[中学生]]></category>
		<category><![CDATA[挑戦]]></category>
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					<description><![CDATA[&#160; 小学校を卒業してから中学高卒業までを書いていきたいと思います。小学校に比べたら嫌なことが多く印象に残っていることも少ないので、今回で中学校のことは書き終わるかもしれません。もうネタ切れ館満載ですがお付き合い [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">&nbsp;</p>



<p class="wp-block-paragraph">小学校を卒業してから中学高卒業までを書いていきたいと思います。小学校に比べたら嫌なことが多く印象に残っていることも少ないので、今回で中学校のことは書き終わるかもしれません。もうネタ切れ館満載ですがお付き合いいただければ幸いです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小学校卒業後、私と付き合いの深い友達が中学校に呼ばれて話を聞かれたそうです。やはり私のことで、どんな風に画工生活を送っていたか？トイレ、移動教室の時はどうしていたなどを話したそうです。私は、中学校生活は大丈夫かなという不安に思っていました。なぜなら、２つの小学校から来るからです。私が通っていた小学校出身は「、私のことを少しは知ってくれているから大丈夫だろう」と思っていました。その当時から、車いすで外出すると物珍しいものを見るような目で見られていたのです。しかも小さい子が興味本位で振り返ってまで見たとしても理解できるのですが、大人が振り返ってまで見るのには納得できませんでした。仮に「大丈夫だろうか、手助けをしようかな」という思いで見られるのなら、いいのですが道で会う大人はそうではありませんでした。なぜそう言えるのかというと、お子さん連れで、お子さんには見ないのと言わんばかりに手を引いて動き出したお子さんを見るのではなく親の目は私を見ていて、今度はお子さんに手を引かれて歩きながらでもまだ顔は、私の方に向いている状態でした。皆さんどう思われますか？やはり、私の考えすぎとおもわれますか？もしそうなら、自分の周りの人のいいところを見つけてほめる生活に少しずつでも変えてくださいお願いします。そうしなければ、皆さんの大切な方が私のようにマイナス思考になってしまいますよ。私はできない点をしつこく家で言われていたので「私ができることは誰でもできる。喜んではいけない」と自己肯定感ゼロどころかマイナスの人間ができます。繰り返しになりますが、皆さんはいいところを見つけながら生活してくださいお願いします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　入学式５日前くらいだったと思いますが、担任という人が、家を訪ねて来られました。合った印象は「熱い人なのかな？年齢はもちろん違いますが、松岡修造のような感じに思えました。「どんな子か気になってしまって、待てなかったから来ました。安心学校に来てね。」と。それで少し安心できたのは事実です。その二日後に今度は、友達と一緒に職員室に呼ばれたのです。そこで話したことはおぼえていませんが、手すりの位置などを確認したりしたと思います。入学式の前日電話がありました。「明日入学式やな」と小学校の担任でした。その電話で最近あったことを話したらすかさず「お前何した入学前に呼び出しとか」とからかわれました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私の通った中学校は部活動に必ずはいるという学校でした。そこで私は、バスケット部を選びました。今考えれば、無謀だったと思いますが、当時は小学校での楽しいイメージがあったのです。しかし、それはすぐに消えました。そもそも１年は、体力づくりが主だったので、みんなが走っている間は私も歩行器などで歩いていました。そしてみんなが、ボールを使った練習に入っても私は変わらず歩く練習。こんな感じが続いていました。学年が上がっても私は、カヤの外かんがあったので行かなくなりました。授業で体育はするのに、部活はさぼる。そんなことが続いたある日顧問が「体育はするのに部活はしないのはおかしくないか？」と言われたので体育も見学をしばらくしていたら、「体育参加しなさい、部活は休んでいいから」と顧問でもあり、体育担当の先生から言われ参加するようになりました。この出来事だけでもすごいと思いませんンか？　一般的には見学している方が、けがもなく安心のはずがそれでよしとはせずに参加させるためにどうするかと考えてもらったのです。しかし、授業に参加するだけでは、満足していない人がいたのです。そうクラス担任です。クラスの中に５から６グループに分けて授業など受けていたので、私が入っているグループの友達が「なぜいかないのか」など色々聞かれたので正直に「僕は、いないものとして扱られている気がする。私だけユニフォームがない。」など言うと「気のせいでは？メンバーしかユニフォームないのでは？危ないからでは？」など言われるのでまた反論したら、「わかった。聞いてみる」と言って顧問にその中の一人が聞きに行ったのです。すると「あなたが言っていたことも一部は合ってるみたい。でも危ないからという理由もあるみたいよ。だから譲らないといけないところはあるよ。」と私に教えてくれたのです。さらに後押しをしたのが、クラスは違いましたが度々登城する友達です。「俺はお前もチームの一員と思っているから心配するな」と言われて部活に行くようになりました。この人物は最初はけぎらいしていたあの人です。部活に行くようになってからは、シュート練習のパス出しやゴールした以外の所でミニゲームに参加したり、審判をさせてもらったり、それ以前に感じていた疎外感はなくなりました。やはり、私がいないときの練習試合は全員に出たりしていたようです。後日連数に行くと「お前もくれば出れたかも」とか言われて少しは羨ましいと思いましたがそれはあえて私がいない時を狙ってあるのは気づいていました。部活で一番嬉しかったのは、地区大会までは、ベンチのそばで応援させてもらえたこと、練習のパス出しやアドバイスをくれと聞きに来てくれたり、私の言うことを聞いてくれたこと沢山ありますが、驚くことが２つありました。最後にそれを書きたいと思います。</p>




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    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">１つ目</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">２つ目</a></li></ol>
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  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">１つ目</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">最後の大会が２か月先ぐらいに迫ったころだったと思います。いつものように、パス出しをしていると、顧問が私の所に来て「今度の大会少しでもコートに入れないか大会本部にお願いしてみる」と言ってくれたのです。これはすごいことです。最初は冷たい感じの先生が掛け合ってみるとまで言ってくれたのです。その気持ちが本当に嬉しかったのと人はここまで変われるのかと驚きました。ただ私が決めつけていただけかもしれません。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">２つ目</span></h2>



<p class="wp-block-paragraph">これも最後の大会のことですが、この年はなぜか強かったので、楽に地区大会まで進みました。それもほとんどの試合２０点差以上付けて勝ち上がってきていました。この試合に勝てば県大会に進めるというとき、なぜか１０点差で負けて前半終了。私は勝てるという変な確信がありました。なので、前半の点差は後半で追いつけるし、いつもの感じでやったら逆にこの点差つけれる。」だから後半は、落ち着いていくのと、前半と違うことしていこうと一人でアドバイスしていました。何が良かったかわかりませんが、どんどん追いついていきました。そして最終的には逆転して県大会進めることになりました。この勢いで地区大会も優勝できました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">後日、学校で報告会見たいものがあり、その中で驚くことがありました。キャプテンが結果を報告して終わろうとした時でした。違う部活の顧問が「県大会の出場を決めた試合の監督が、前半と後半で別のチームみたいだった。車いすの子にやられた」と言っていたと聞いた時、応援だけでも評価されることがあるのだと驚きと同時に嬉しくなったことを今でも覚えています。</p>
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